損失補償について学習します。
損失補償とは、適法な公権力の行使により、財産権が侵害され、特別の犠牲が生じたものに対し、公平の見地から全体の負担においてする財産的補償です。
損失補償の根拠
憲法29条3項は、「私有財産は、正当な補償の下に、これを公共のために用ひることができる。」として、損失補償を憲法上の制度と位置づけています。
ここで、個別の法律が、「正当な補償」に関する規定をおいていなかった場合、違憲となるかが問題となります。この点、判例は、「河川附近地制限令4条2号(当時)による制限について同条に損失補償に関する規定がないからといって、同条があらゆる場合について一切の損失補償を全く否定する趣旨とまでは解されず、本件被告人も、その損失を具体的に主張立証して、別途、直接憲法29条3項を根拠にして、補償請求をする余地が全くないわけではない」としています(最判昭43.11.27)。
試験対策としては、憲法29条3項を根拠に損失補償を請求できる点をおさえておきましょう。
損失補償の要否
損失補償が認められるかは、①侵害行為の対象が一般的か個別的か、②侵害行為が財産権の本質を侵害するほど強度なものかによって総合的に判断するとされています。
判例は、ため池の提とうで耕作等を禁止した条例の合憲性が争われた事案において、「災害を防止し公共の福祉を保持する上に社会生活上已むを得ないものであり、そのような制約は、ため池の堤とうを使用し得る財産権を有する者が当然受忍しなければならない責務というべきものであつて、憲法29条3項の損失補償はこれを必要としないと解するのが相当である。」としています(最判昭38.6.26)。
損失補償の内容
憲法29条3項が「正当な補償」としていることから、正当な補償の意義について、①財産の客観的価値の全部が補償されるとする完全補償説、②合理的金額が補償されるとする相当補償説があります。
判例は、農地改革の補償にかかる事案において、「憲法29条3項にいう「正当な補償」とは,その当時の経済状態において成立すると考えられる価格に基づき合理的に算出された相当な額をいうのであって,必ずしも常に上記の価格と完全に一致することを要するものではない」としています(最判昭28.12.23)。このことから、判例は、相当補償説をとっているようにみえます。もっとも、この判例は、第二次世界大戦後直後の農地改革という極めて特殊な事例です。
なお、農地改革とは、第二次世界大戦後の日本で行われた改革で、小作農を減らし自作農を増やすことを目的としたものです。具体的には、政府が地主から農地を買い取り、それを小作人に売り渡すというものです。上記判例は、この農地改革の買収価格に対する補償について争われたものです。
他、土地収用法における損失補償について、判例は、「土地収用法における損失の補償は、特定の公益上必要な事業のために土地が収用される場合、その収用によって当該土地の所有者等が被る特別な犠牲の回復をはかることを目的とするものであるから、完全な補償、すなわち、収用の前後を通じて被収用者の財産価値を等しくならしめるような補償をなすべきであり、金銭をもつて補償する場合には、被収用者が近傍において被収用地と同等の代替地等を取得することをうるに足りる金額の補償を要する」としています(最判昭48.10.18)。
このあと、同じく土地収用法における損失補償について、「憲法29条3項にいう「正当な補償」とは,その当時の経済状態において成立すると考えられる価格に基づき合理的に算出された相当な額をいうのであって,必ずしも常に上記の価格と完全に一致することを要するものではない」という農地法の判例の文言を引用した判例もあります(最判平14.6.11)。
このような背景から、完全補償と相当補償については、試験対策が難しいところです。だからこそ、この論点からは出題がされにくいのだと思います。
ポイントとして、農地改革の判例については、「憲法29条3項にいう「正当な補償」とは,その当時の経済状態において成立すると考えられる価格に基づき合理的に算出された相当な額をいうのであって,必ずしも常に上記の価格と完全に一致することを要するものではない」という文言があることをおさえておきましょう。これは、損失補償の論点の上で重要となる文言です。
そして、土地収用法の判例については、どちらも正しくなるので出題しにくいと思います。一応、現時点においては、完全な補償を要するとした判例と農地改革の判例の文言を引用した判例がある点をおさえておきましょう。