ここでは、表現の自由の規制として事前規制について学習します。これまで何回かにわたって、表現の自由についてみてきました。今回からは、表現の自由を規制する態様についてみていきましょう。
事前規制とは、表現行為がなされる前に規制することです。事前規制がされると、表現行為がなされる前に表現が規制されるため、事前規制は原則として禁止されます。そこで、どのようなことが問題になったのか判例をみてきましょう。
税関検査事件
事案
Xが、アメリカ合衆国などから書籍等を発注したところ、税関における検査の結果、「公安又は風俗を害すべき書籍,図画,彫刻物その他の物品」に該当する輸入禁制品であることを通知しました。そこで、Xは、これが検閲に該当するとして、通知の取消請求をしました。
判旨
判例は、まず、「検閲がその性質上表現の自由に対する最も厳しい制約となるものであることにかんがみ,これについては,公共の福祉を理由とする例外……をも認めない」,「絶対的禁止を宣言した趣旨と解される」として、検閲が許されないものであるとしました。
そのうえで、「検閲」とは,「行政権が主体となって,思想内容等の表現物を対象とし,その全部又は一部の発表の禁止を目的として,対象とされる一定の表現物につき網羅的一般的に,発表前にその内容を審査した上,不適当と認めるものの発表を禁止することを,その特質として備えるものを指すと解すべきである」として、検閲について定義しました。検閲は絶対に許されないため、「検閲」の定義をできるだけ狭く解したと考えるとわかりやすいと思います。
結論として、「税関検査が表現の事前規制たる側面を有することを否定することはできない」が,当該表現物は「一般に,国外においては既に発表済みのものであって」,「輸入が禁止されるだけで……没収,廃棄されるわけではないから,発表の機会が全面的に奪われてしまうというわけのものでもな」く,「事前規制そのものということはできない」として、「検閲」にあたらないとしました(最判昭59.12.12)。
「北方ジャーナル」事件
事案
Xは、発行する雑誌「北方ジャーナル」に、北海道知事選挙へ出馬を予定しているYについて、「ある権力主義者の誘惑」と題する記事を掲載しようとしていました。これを知ったYは、印刷、頒布等の禁止を命じる仮処分を申請しました。そこで、Xは、仮処分が憲法21条に反するとして争いました。
判旨
判例は、まず、先ほどの税関検査事件を引用して、「検閲」について定義した上で、「仮処分による事前差止めは,表現物の内容の網羅的一般的な審査に基づく事前規制が行政機関によりそれ自体を目的として行われる場合とは異なり,個別的な私人間の紛争について,司法裁判所により,当事者の申請に基づき差止請求権等の私法上の被保全権利の存否,保全の必要性の有無を審理判断して発せられるものであって」検閲には当たらないとしました。
次に、名誉を違法に侵害された者は,「人格権としての名誉権に基づき,加害者に対し,現に行われている侵害行為を排除し,又は将来生ずべき侵害を予防するため,侵害行為の差止めを求めることができる」とする一方、「しかしながら,言論,出版等の表現行為により名誉侵害を来す場合には,人格権としての個人の名誉の保護(憲法13条)と表現の自由の保障(同21条)とが衝突し,その調整を要することとなるので,いかなる場合に侵害行為としてその規制が許されるかについて憲法上慎重な考慮が必要である」として、個人の名誉の保護と表現の自由の保障の調整について述べました。
そして、「表現行為に対する事前抑制は,新聞,雑誌その他の出版物や放送等の表現物がその自由市場に出る前に抑止してその内容を読者ないし聴視者の側に到達させる途を閉ざし又はその到達を遅らせてその意義を失わせ,公の批判の機会を減少させるものであり,また,事前抑制たることの性質上,予測に基づくものとならざるをえないこと等から事後制裁の場合よりも広汎にわたり易く,濫用の虞があるうえ,実際上の抑止的効果が事後制裁の場合より大きいと考えられるのであって,表現行為に対する事前抑制は,表現の自由を保障し検閲を禁止する憲法21条の趣旨に照らし,厳格かつ明確な要件のもとにおいてのみ許容されうる」として、判断枠組みを定立しました。
さらに、「出版物の頒布等の事前差止めは,このような事前抑制に該当するものであって,とりわけ,その対象が公務員又は公職選挙の候補者に対する評価,批判等の表現行為に関するものである場合には,そのこと自体から,一般にそれが公共の利害に関する事項であるということができ,……その表現が私人の名誉権に優先する社会的価値を含み憲法上特に保護されるべきであることにかんがみると,当該表現行為に対する事前差止めは,原則として許されない」。ただし,そのような場合であっても,①「その表現内容が真実でなく,又はそれが専ら公益を図る目的のものでないことが明白であって」,かつ②「被害者が重大にして著しく回復困難な損害を被る虞があるとき」は,「当該表現行為はその価値が被害者の名誉に劣後することが明らかであるうえ,有効適切な救済方法としての差止めの必要性も肯定されるから,かかる実体的要件を具備するときに限って,例外的に事前差止めが許される」として、表現行為に対する事前差止めは原則として許されないこと、ただし、例外として、事前差止めが許される場合について述べました(最判昭61.6.11)。
「北方ジャーナル」事件については、事前差止めは原則として許されないこと、例外として事前差止めが許される場合がある点をおさえておきましょう。
第1次家永教科書事件上告審
事案
日本史の研究者であるXは、教科書検定が、憲法21条等に違反するとして、国家賠償請求訴訟を提起しました。
判旨
判例は、税関検査事件を引用して、「検閲」について定義した上で、本件検定は,「一般図書としての発行を何ら妨げるものではなく,発表禁止目的や発表前の審査などの特質がないから,検閲に当たらず,憲法21条2項前段の規定に違反するものではない」としました(最判平5.3.16)。教科書検定に通らなくても、一般図書として発行をすることはできるから検閲にはあたらないということです。