国家賠償法について学習します。国家賠償法は、全6条で構成される小さな法律です。このうち、1条は、公権力の行使に基づく賠償責任、2条は、公の営造物の設置または管理に基づく賠償責任について定めています。今回は、1条の公権力の行使に基づく賠償責任について見ていきましょう。
国又は公共団体の公権力の行使に当る公務員が、その職務を行うについて、故意又は過失によって違法に他人に損害を加えたときは、国又は公共団体が、これを賠償する責に任ずる(国家賠償法1条1項)。
前項の場合において、公務員に故意又は重大な過失があったときは、国又は公共団体は、その公務員に対して求償権を有する(1条2項)。
日本国憲法は、「何人も、公務員の不法行為により、損害を受けたときは、法律の定めるところにより、国又は公共団体に、その賠償を求めることができる。」(17条)と定めており、これを受けて、国家賠償法が制定されています。
国家賠償法は、条文数が少ない分、条文解釈について深く問われます。具体的には、「公権力の行使」はどのようなものか、「公務員」はどの範囲かといった内容について問われるので、学説や判例を通じて、これらをおさえましょう。なお、ここでは、各論点のキーとなる判例のみをあげていますが、お手持ちの基本書や過去問を通して、判例知識を増やしておくのをおすすめします。
公権力の行使
公権力の行使とは、「国または公共団体の作用のうち、純粋な私経済作用と国家賠償法2条によって救済される営造物の設置または管理作用を除くすべての作用を意味する」とされています(東京高裁昭56.11.13)。そして、「公権力の行使」が肯定されると、その帰属主体が「国または公共団体」となると解されています。
公立学校における体育授業中の教師の教育活動に関して、判例は、「国家賠償法1条1項にいう『公権力の行使』には、公立学校における教師の教育活動も含まれるものと解する」としています。その理由として、「学校の教師は、学校における教育活動により生ずるおそれのある危険から生徒を保護すべき義務を負つており、危険を伴う技術を指導する場合には、事故の発生を防止するために十分な措置を講じるべき注意義務があることはいうまでもない。」ということをあげています(最判昭62.2.6)。
公務員
「公務員」は、国家公務員や地方公務員だけでなく、「公権力の行使」にあたる者も「公務員」に含まれます。
判例は、「国又は公共団体の公務員による一連の職務上の行為の過程において他人に被害を生ぜしめた場合において、それが具体的にどの公務員のどのような違法行為によるものであるかを特定することができなくても、右の一連の行為のうちのいずれかに行為者の故意又は過失による違法行為があったのでなければ右の被害が生ずることはなかったであろうと認められ、かつ、それがどの行為であるにせよこれによる被害につき行為者の属する国又は公共団体が法律上賠償の責任を負うべき関係が存在するときは、国又は公共団体は、加害行為不特定の故をもって国家賠償法又は民法上の損害賠償責任を免れることができないと解する」としています(最判昭57.4.1)。
職務関連性
「職務を行う」について、加害行為と職務との間に職務関連性があればよいとされています。巡査が非番の日に制服を着て、もっぱら自己の利をはかる目的で警察官の職務執行をよそおい、被害者に対し不審尋問の上、その所持品を預り、これを不法に領得するため所持の拳銃で、同人を射殺した事案において、判例は、「公務員が主観的に権限行使の意思をもってする場合にかぎらず自己の利をはかる意図をもってする場合でも、客観的に職務執行の外形をそなえる行為をしてこれによって、他人に損害を加えた場合には、国又は公共団体に損害賠償の責を負わしめて、ひろく国民の権益を擁護することをもって、その立法の趣旨とするものと解すべき」としています(最判昭31.11.30)。
違法性
違法性については、公務員の違法な行為に着目する「行為不法説」、結果に着目する「結果不法説」などがありますが、試験対策上、深入りはせず、行為から違法性を認定する行為不法説をとっているということをおさえておきましょう。判例は、「裁判官がした争訟の裁判に上訴等の訴訟法上の救済方法によって是正されるべき瑕疵が存在したとしても、これによって当然に国家賠償法1条1項の規定にいう違法な行為があったものとして国の損害賠償責任の問題が生ずるわけのものではなく、右責任が肯定されるためには、当該裁判官が違法又は不当な目的をもって裁判をしたなど、裁判官がその付与された権限の趣旨に明らかに背いてこれを行使したものと認めうるような特別の事情があることを必要とすると解する」としています(最判昭57.3.12)。
規制権限の不行使の違法
国又は公共団体の公権力の行使に当る公務員が、その職務を行うについて、故意又は過失によって違法に他人に損害を加えたときは、何かをしたときだけでなく、権限の不行使のときも違法となります。
宅建業事件
宅建業者の不正行為により損害を受けた者が国家賠償請求をした事案において、判例は、「当該業者の不正な行為により個々の取引関係者が損害を被った場合であっても、具体的事情の下において、知事等に監督処分権限が付与された趣旨・目的に照らし、その不行使が著しく不合理と認められるときでない限り、右権限の不行使は、当該取引関係者に対する関係で国家賠償法1条1項の適用上違法の評価を受けるものではないといわなければならない。」としています(最判平元.11.24)。
クロロキン薬害事件
また、クロロキン製剤を服用したため、クロロキン網膜症に罹患した患者およびその遺族が損害賠償を求めた事案において、判例は、「医薬品の副作用による被害が発生した場合であっても、厚生大臣が当該医薬品の副作用による被害の発生を防止するために前記の各権限を行使しなかったことが直ちに国家賠償法1条1項の適用上違法と評価されるものではなく、副作用を含めた当該医薬品に関するその時点における医学的、薬学的知見の下において、前記のような薬事法の目的及び厚生大臣に付与された権限の性質等に照らし、右権限の不行使がその許容される限度を逸脱して著しく合理性を欠くと認められるときは、その不行使は、副作用による被害を受けた者との関係において同項の適用上違法となるものと解するのが相当である。」としています(最判平7.6.23)。
熊本水俣病関西事件
一方、熊本水俣病関西事件においては、「昭和35年1月以降,水質二法に基づく上記規制権限を行使しなかったことは,上記規制権限を定めた水質二法の趣旨,目的や,その権限の性質等に照らし,著しく合理性を欠くものであって,国家賠償法1条1項の適用上違法というべきである。」として、権限の不行使の違法を認めています(最判平16.10.15)。
求償権
前項の場合において、公務員に故意又は重大な過失があったときは、国または公共団体は、その公務員に対して求償権を有します。
1項では、公務員が、故意や過失によって、他人に損害を与えたときとなっているのに対して、2項は、公務員に「故意または重大な過失があったとき」に限定されています。これは、公務員が萎縮して公務が適正にできなくなることを防止することが目的です。