ここでは、労働者災害補償保険法の業務上の疾病から脳血管疾患及び虚血性心疾患等について学習します。業務災害は、大きく業務上の負傷と業務上の疾病に分けられます。今回は、業務上の疾病のうち8号の「脳血管疾患及び虚血性心疾患等」の認定基準をみていきましょう。
脳血管疾患及び虚血性心疾患等の認定は、「血管病変等を著しく増悪させる業務による脳血管疾患及び虚血性心疾患等の認定基準」に基づいて行われます。基本書と過去問に出てきたところを部分的に覚えようとすると忘れやすいので、認定基準全体をみてみましょう。
目次
第1 基本的な考え方
脳血管疾患及び虚血性心疾患等(負傷に起因するものを除く。以下「脳・心臓疾患」という。)は、その発症の基礎となる動脈硬化等による血管病変又は動脈瘤、心筋変性等の基礎的病態(以下「血管病変等」という。)が、長い年月の生活の営みの中で徐々に形成、進行及び増悪するといった自然経過をたどり発症するものである。
しかしながら、業務による明らかな過重負荷が加わることによって、血管病変等がその自然経過を超えて著しく増悪し、脳・心臓疾患が発症する場合があり、そのような経過をたどり発症した脳・心臓疾患は、その発症に当たって業務が相対的に有力な原因であると判断し、業務に起因する疾病として取り扱う。
このような脳・心臓疾患の発症に影響を及ぼす業務による明らかな過重負荷として、発症に近接した時期における負荷及び長期間にわたる疲労の蓄積を考慮する。
これらの業務による過重負荷の判断に当たっては、労働時間の長さ等で表される業務量や、業務内容、作業環境等を具体的かつ客観的に把握し、総合的に判断する必要がある。
本試験では、見たこともない事例が出題されることがあります。そのときは、上記の基本的な考え方に遡って考えるようにしましょう。
第2 対象疾病
本認定基準は、次に掲げる脳・心臓疾患を対象疾病として取り扱う。
1 脳血管疾患
(1) 脳内出血(脳出血)
(2) くも膜下出血
(3) 脳梗塞
(4) 高血圧性脳症
2 虚血性心疾患等
(1) 心筋梗塞
(2) 狭心症
(3) 心停止(心臓性突然死を含む。)
(4) 重篤な心不全
(5) 大動脈解離
対象疾病を暗記するのは大変なので、脳血管疾患や虚血性心疾患等に該当するものが対象とされているという点をおさえておきましょう。令和5年度に対象疾患について出題されています。(令5-3)
第3 認定要件
次の(1)、(2)又は(3)の業務による明らかな過重負荷を受けたことにより発症した脳・心臓疾患は、業務に起因する疾病として取り扱う。
(1) 発症前の長期間にわたって、著しい疲労の蓄積をもたらす特に過重な業務に就労したこと。
(2) 発症に近接した時期において、特に過重な業務に就労したこと。
(3) 発症直前から前日までの間において、発生状態を時間的及び場所的に明確にし得る異常な出来事に遭遇したこと。
本試験では、長期間と短期間についておおむねどのくらいの期間かが問われます。後述する認定要件の具体的判断をおさえるようにしましょう。
第4 認定要件の具体的判断
認定要件の具体的判断では、(1)長期間の過重業務、(2)短期間の過重業務、(3)異常な出来事ごとに定められています。まずは、基本となる長期間の過重業務についてみていきましょう。
1 疾患名及び発症時期の特定
※省略
2 長期間の過重業務
(1) 疲労の蓄積の考え方
恒常的な長時間労働等の負荷が長期間にわたって作用した場合には、「疲労の蓄積」が生じ、これが血管病変等をその自然経過を超えて著しく増悪させ、その結果、脳・心臓疾患を発症させることがある。
このことから、発症との関連性において、業務の過重性を評価するに当たっては、発症前の一定期間の就労実態等を考察し、発症時における疲労の蓄積がどの程度であったかという観点から判断することとする。
(2) 特に過重な業務
特に過重な業務とは、日常業務に比較して特に過重な身体的、精神的負荷を生じさせたと客観的に認められる業務をいうものであり、日常業務に就労する上で受ける負荷の影響は、血管病変等の自然経過の範囲にとどまるものである。
ここでいう日常業務とは、通常の所定労働時間内の所定業務内容をいう。
(3) 評価期間
発症前の長期間とは、発症前おおむね6か月間をいう。
なお、発症前おおむね6か月より前の業務については、疲労の蓄積に係る業務の過重性を評価するに当たり、付加的要因として考慮すること。
(4) 過重負荷の有無の判断
ア 著しい疲労の蓄積をもたらす特に過重な業務に就労したと認められるか否かについては、業務量、業務内容、作業環境等を考慮し、同種労働者にとっても、特に過重な身体的、精神的負荷と認められる業務であるか否かという観点から、客観的かつ総合的に判断すること。
イ 長期間の過重業務と発症との関係について、疲労の蓄積に加え、発症に近接した時期の業務による急性の負荷とあいまって発症する場合があることから、発症に近接した時期に一定の負荷要因(心理的負荷となる出来事等)が認められる場合には、それらの負荷要因についても十分に検討する必要があること。
すなわち、長期間の過重業務の判断に当たって、短期間の過重業務(発症に近接した時期の負荷)についても総合的に評価すべき事案があることに留意すること。
ウ 業務の過重性の具体的な評価に当たっては、疲労の蓄積の観点から、以下に掲げる負荷要因について十分検討すること。
(ア) 労働時間
a 労働時間の評価
疲労の蓄積をもたらす最も重要な要因と考えられる労働時間に着目すると、その時間が長いほど、業務の過重性が増すところであり、具体的には、発症日を起点とした1か月単位の連続した期間をみて、
① 発症前1か月間ないし6か月間にわたって、1か月当たりおおむね45時間を超える時間外労働が認められない場合は、業務と発症との関連性が弱いが、おおむね45時間を超えて時間外労働時間が長くなるほど、業務と発症との関連性が徐々に強まると評価できること
② 発症前1か月間におおむね100時間又は発症前2か月間ないし6か月間にわたって、1か月当たりおおむね80時間を超える時間外労働が認められる場合は、業務と発症との関連性が強いと評価できることを踏まえて判断すること。
ここでいう時間外労働時間数は、1週間当たり40時間を超えて労働した時間数である。
※重要
b 労働時間と労働時間以外の負荷要因の総合的な評価
労働時間以外の負荷要因(後記(イ)から(カ)までに示した負荷要因をいう。以下同じ。)において一定の負荷が認められる場合には、労働時間の状況をも総合的に考慮し、業務と発症との関連性が強いといえるかどうかを適切に判断すること。
その際、前記a②の水準には至らないがこれに近い時間外労働が認められる場合には、特に他の負荷要因の状況を十分に考慮し、そのような時間外労働に加えて一定の労働時間以外の負荷が認められるときには、業務と発症との関連性が強いと評価できることを踏まえて判断すること。
ここで、労働時間と労働時間以外の負荷要因を総合的に考慮するに当たっては、労働時間がより長ければ労働時間以外の負荷要因による負荷がより小さくとも業務と発症との関連性が強い場合があり、また、労働時間以外の負荷要因による負荷がより大きければ又は多ければ労働時間がより短くとも業務と発症との関連性が強い場合があることに留意すること。
(イ) 勤務時間の不規則性
a 拘束時間の長い勤務
拘束時間とは、労働時間、休憩時間その他の使用者に拘束されている時間(始業から終業までの時間)をいう。拘束時間の長い勤務については、拘束時間数、実労働時間数、労働密度(実作業時間と手待時間との割合等)、休憩・仮眠時間数及び回数、休憩・仮眠施設の状況(広さ、空調、騒音等)、業務内容等の観点から検討し、評価すること。
b 休日のない連続勤務
休日のない(少ない)連続勤務については、連続労働日数、連続労働日と発症との近接性、休日の数、実労働時間数、労働密度(実作業時間と手待時間との割合等)、業務内容等の観点から検討し、評価すること。その際、休日のない連続勤務が長く続くほど業務と発症との関連性をより強めるものであり、逆に、休日が十分確保されている場合は、疲労は回復ないし回復傾向を示すものであることを踏まえて適切に評価すること。
c 勤務間インターバルが短い勤務
勤務間インターバルとは、終業から始業までの時間をいう。
勤務間インターバルが短い勤務については、その程度(時間数、頻度、連続性等)や業務内容等の観点から検討し、評価すること。
d 不規則な勤務・交替制勤務・深夜勤務
「不規則な勤務・交替制勤務・深夜勤務」とは、予定された始業・終業時刻が変更される勤務、予定された始業・終業時刻が日や週等によって異なる交替制勤務(月ごとに各日の始業時刻が設定される勤務や、週ごとに規則的な日勤・夜勤の交替がある勤務等)、予定された始業又は終業時刻が相当程度深夜時間帯に及び夜間に十分な睡眠を取ることが困難な深夜勤務をいう。
不規則な勤務・交替制勤務・深夜勤務については、予定された業務スケジュールの変更の頻度・程度・事前の通知状況、予定された業務スケジュールの変更の予測の度合、交替制勤務における予定された始業・終業時刻のばらつきの程度、勤務のため夜間に十分な睡眠が取れない程度(勤務の時間帯や深夜時間帯の勤務の頻度・連続性)、一勤務の長さ(引き続いて実施される連続勤務の長さ)、一勤務中の休憩の時間数及び回数、休憩や仮眠施設の状況(広さ、空調、騒音等)、業務内容及びその変更の程度等の観点から検討し、評価すること。
(ウ) 事業場外における移動を伴う業務
a 出張の多い業務
出張の多い業務については、出張(特に時差のある海外出張)の頻度、出張が連続する程度、出張期間、交通手段、移動時間及び移動時間中の状況、移動距離、出張先の多様性、宿泊の有無、宿泊施設の状況、出張中における睡眠を含む休憩・休息の状況、出張中の業務内容等の観点から検討し、併せて出張による疲労の回復状況等も踏まえて評価すること。
b その他事業場外における移動を伴う業務
その他事業場外における移動を伴う業務については、移動(特に時差のある海外への移動)の頻度、交通手段、移動時間及び移動時間中の状況、移動距離、移動先の多様性、宿泊の有無、宿泊施設の状況、宿泊を伴う場合の睡眠を含む休憩・休息の状況、業務内容等の観点から検討し、併せて移動による疲労の回復状況等も踏まえて評価すること。
(エ) 心理的負荷を伴う業務
心理的負荷を伴う業務については、日常的に心理的負荷を伴う業務又は心理的負荷を伴う具体的出来事等について、負荷の程度を評価する視点により検討し、評価すること。
(オ) 身体的負荷を伴う業務
身体的負荷を伴う業務については、業務内容のうち重量物の運搬作業、人力での掘削作業などの身体的負荷が大きい作業の種類、作業強度、作業量、作業時間、歩行や立位を伴う状況等のほか、当該業務が日常業務と質的に著しく異なる場合にはその程度(事務職の労働者が激しい肉体労働を行うなど)の観点から検討し、評価すること。
(カ) 作業環境
長期間の過重業務の判断に当たっては、付加的に評価すること。
a 温度環境
温度環境については、寒冷・暑熱の程度、防寒・防暑衣類の着用の状況、一連続作業時間中の採暖・冷却の状況、寒冷と暑熱との交互のばく露の状況、激しい温度差がある場所への出入りの頻度、水分補給の状況等の観点から検討し、評価すること。
b 騒音
騒音については、おおむね80dBを超える騒音の程度、そのばく露時間・期間、防音保護具の着用の状況等の観点から検討し、評価すること。
※80dBは、地下鉄や電車内、ピアノ、パチンコ屋、救急車のサイレンくらいです。
ここまでが長期間の過重業務についての認定要件の具体的判断になります。労働時間と労働時間以外の負荷要因をみると、行政は業務上の疾病について、労動者側にできる限り寄り添った認定基準を持っていることがわかります。本試験では、認定基準の文言で引っ掛ける可能性は低いので、全体として前記のようなことが認められるといった価値観を持っておくのをおすすめします。
次に、これを基準として、短期間の過重業務をみていきましょう。
3 短期間の過重業務
(1) 特に過重な業務
(2) 評価期間
発症に近接した時期とは、発症前おおむね1週間をいう。
ここで、発症前おおむね1週間より前の業務については、原則として長期間の負荷として評価するが、発症前1か月間より短い期間のみに過重な業務が集中し、それより前の業務の過重性が低いために、長期間の過重業務とは認められないような場合には、発症前1週間を含めた当該期間に就労した業務の過重性を評価し、それが特に過重な業務と認められるときは、短期間の過重業務に就労したものと判断する。
(3) 過重負荷の有無の判断
ア 特に過重な業務に就労したと認められるか否かについては、業務量、業務内容、作業環境等を考慮し、同種労働者にとっても、特に過重な身体的、精神的負荷と認められる業務であるか否かという観点から、客観的かつ総合的に判断すること。
イ 短期間の過重業務と発症との関連性を時間的にみた場合、業務による過重な負荷は、発症に近ければ近いほど影響が強いと考えられることから、次に示す業務と発症との時間的関連を考慮して、特に過重な業務と認められるか否かを判断すること。
① 発症に最も密接な関連性を有する業務は、発症直前から前日までの間の業務であるので、まず、この間の業務が特に過重であるか否かを判断すること。
② 発症直前から前日までの間の業務が特に過重であると認められない場合であっても、発症前おおむね1週間以内に過重な業務が継続している場合には、業務と発症との関連性があると考えられるので、この間の業務が特に過重であるか否かを判断すること。
ウ 業務の過重性の具体的な評価に当たっては、以下に掲げる負荷要因について十分検討すること。
(ア) 労働時間
労働時間の長さは、業務量の大きさを示す指標であり、また、過重性の評価の最も重要な要因であるので、評価期間における労働時間については十分に考慮し、発症直前から前日までの間の労働時間数、発症前1週間の労働時間数、休日の確保の状況等の観点から検討し、評価すること。
その際、①発症直前から前日までの間に特に過度の長時間労働が認められる場合、②発症前おおむね1週間継続して深夜時間帯に及ぶ時間外労働を行うなど過度の長時間労働が認められる場合等(手待時間が長いなど特に労働密度が低い場合を除く。)には、業務と発症との関係性が強いと評価できることを踏まえて判断すること。
(イ) 労働時間以外の負荷要因
労働時間以外の負荷要因についても、前記2(4)ウ(イ)ないし(カ)[長期間の過重業務における労働時間以外の負荷要因]において各負荷要因ごとに示した観点から検討し、評価すること。ただし、長期間の過重業務における検討に当たっての観点として明示されている部分を除く。
なお、短期間の過重業務の判断においては、前記2(4)ウ(カ)[長期間の加重業務]の作業環境について、付加的に考慮するのではなく、他の負荷要因と同様に十分検討すること。
短期間の過重業務についても、長期間の過重業務と同じように考えることができます。
4 異常な出来事
(1) 異常な出来事
ア 極度の緊張、興奮、恐怖、驚がく等の強度の精神的負荷を引き起こす事態
イ 急激で著しい身体的負荷を強いられる事態
ウ 急激で著しい作業環境の変化
(2) 評価期間
本試験では、「異常な出来事」と発症との関連性について、期間が問われています。
急激な血圧変動や血管収縮等を引き起こすことが医学的にみて妥当と認められる「異常な出来事」と発症との関連性については、発症直前から1週間前までの間が評価期間とされている。(令-4-1-A)
正誤:☓
(3) 過重負荷の有無の判断
異常な出来事と認められるか否かについては、出来事の異常性・突発性の程度、予測の困難性、事故や災害の場合にはその大きさ、被害・加害の程度、緊張、興奮、恐怖、驚がく等の精神的負荷の程度、作業強度等の身体的負荷の程度、気温の上昇又は低下等の作業環境の変化の程度等について検討し、これらの出来事による身体的、精神的負荷が著しいと認められるか否かという観点から、客観的かつ総合的に判断すること。
その際、①業務に関連した重大な人身事故や重大事故に直接関与した場合、②事故の発生に伴って著しい身体的、精神的負荷のかかる救助活動や事故処理に携わった場合、③生命の危険を感じさせるような事故や対人トラブルを体験した場合、④著しい身体的負荷を伴う消火作業、人力での除雪作業、身体訓練、走行等を行った場合、⑤著しく暑熱な作業環境下で水分補給が阻害される状態や著しく寒冷な作業環境下での作業、温度差のある場所への頻回な出入りを行った場合等には、業務と発症との関連性が強いと評価できることを踏まえて判断すること。
第5 その他
※省略
第6 複数業務要因災害
1 二以上の事業の業務による「長期間の過重業務」及び「短期間の過重業務」の判断
2 二以上の事業の業務による「異常な出来事」の判断
ここまでが8号の脳血管疾患及び虚血性心疾患等についてです。